教育→就職→引退という人生観の終わり。では、次の人生観はなんだ?

2019年9月23日

安倍政権は近年、女性労働率の向上や解雇規制を緩めるなどの働き方改革を行っています。これは日本の人口の少子高齢化により、労働人口の減少に伴って日本経済の活力(潜在成長率)が失われていくことに関する政府の懸念がそのまま表れているのですが、年功序列制度に手を加えずに定年退職制度を65歳から67歳まで可能にするといった、なんとも的外れな改革が多いのも実情です。
筆者は、本当に日本政府が多様な働き方を通して経済成長を今後とも維持したいと思っているのであれば、多くの日本人が囚われている3ステップの労働人生観から解放される必要があると思っています。そして政策立案者である政治家も行政もこの3ステップの労働人生観に囚われすぎているが故に、付け焼き刃的な働き方改革しかできずにいる、と考えています。

3ステップの労働人生観とは何か

ここまで3ステップの労働人生観という単語が出てきましたが、これは何のことを指しているのでしょうか?
これは人生には3つのステージがあり基本的にはそこから離れることができないとする人生観のことです。その人生のステップとは1番最初に教育の期間、2番目に仕事をする期間、3番目に引退生活を送る期間が来るというものです。

これはごくごく一般的な人生観に思えます。高校卒業してから大学に入り四年で卒業して一定の職に就く。そのまま40年ほど昇進を繰り返しながら給料を上げていき、貯蓄を貯める。そして60歳代で引退し、その後は貯蓄を切り崩しながら死ぬまで引退生活を送る、と言うものです。

しかしこの人生観は現場にそぐわないものになりつつあります。2019年には公的年金以外にも家庭貯蓄2000万円が必要だとする金融庁の報告書が話題になりましたが、これは政府が従来の年金制度だけでは生活できなくなるであろうことを把握しつつあることの表れでもあります。また、高齢者にありながら貧困に喘ぐニュースを度々ご覧になっている方も多いのではないでしょうか。

なぜこうなっているのかと言うと、年金制度が作られた時ではありえないほど高齢化が進んでいるからです。早い話が、死ぬまでの期間が伸びすぎてしまったのです。

そもそも年金の制度が作られた時は全く社会情勢が違った

国民年金制度が成立したのは1961年。受給開始年齢は現在と同じ65歳でしたが(厚生年金は55歳)、このときの男性の平均寿命は66歳でした。もちろん平均寿命とはその年に生まれた0歳児が平均的に生きられそうなのかを表したもので、その年に死んだ人の平均年齢ではありませんが、現在の80歳を超える平均寿命(女性)とは全く異なることがお分かりいただけるでしょう。つまり国民年金制度が正式に発足した時は、そもそも日本人の寿命がそこまで長くなかったので年金額も多くなくて済み、そこまで問題にならなかったのが実情なのです。
そこから日本の社会情勢の改善が進み、平均寿命が伸びに伸びました。悪い言い方をすれば人が死ななくなり、その分かかるコストが増えてしまったのです。
ところが前述の3ステップ型の労働人生観は、まさにこの時代に確立されたものです。1960年代と言えば日本初の大企業が着実に実力をつけ、高度経済成長期を謳歌していました。3ステップ型の労働人生観はまさにこのような社会情勢の中で生まれた、1960年代の産物なのです。

3ステップ型の労働人生観はもはや「消費期限切れ」

さて、時代は21世紀に戻ります。このように考えると、60代で引退をして後は転勤と貯蓄だけで生きていくという考え方が時代錯誤的に思えてくるのではないでしょうか。実際それを裏付けるように、年金だけでは足りない、と言う報告書が実際に政府からは上がってきているわけです。

そうはいっても、制度はなかなか変わりません。働き方改革もどこか本質から的外れなものばかりです。筆者はこうなってしまう原因を政策立案者たちがこの人生観に囚われすぎているからだと考えます。法案を検討するような内閣法制局、年金を担当する厚生労働省、それらのご意見番である審議会やシンクタンク、そして立法府である政治家たちも、すべてこの「3ステップの労働人生観」の信奉者たちなのです。
彼らがどんな人生を送ってきたのか考えてみましょう。行政や大企業で要職を占める親戚たちに囲まれながら小中高大と学生生活を送ります。大学では優秀と呼ばれている東大京大・早慶と呼ばれる大学で3年生の時に国家公務員試験に合格。そのまま官僚として就職をし、数十年にわたり昇進を繰り返すことで、貯蓄を増やしてきました。将来は政策通としてシンクタンクにアドバイザーとして勤めたり、政治家として立候補することもあるかもしれません。ともかく彼らは前世の3ステップを忠実に守って努力をしてきましたし、これからもそうするつもりなのです。
彼らが関わるような学者たちや有識者たちも、ほとんど似たような認識を共有しています。そのような人たちがいくら働き方改革をしたからといって、3ステップの労働人生観までは変えられないのです。

人生はさらにマルチステージへ

この3ステップの労働人生観がでは、全てが客観的に与えられているように見えます。就職先も貯蓄額も、どこに所属するかで変わってくると言う人生観なのです。

しかし平均寿命が伸びるに従って自分たちがどこに所属するかだけで60歳代の引退以降もきちんとした生活が行えるのか否か、までが決定されそうになってきており、それはとんでもない不平等ではないか?というのが、今の年金問題の核心なのです。 20歳代のうちに大企業に勤めていなければきちんとした老後は送れそうにない。しかもその大企業も海外企業に買収されたり、倒産してしまうのが当たり前なご時世です。こんな時に私たちは嘆く以外に何をすべきなのでしょうか?

筆者は人生は労働、教育、引退の繰り返しになるマルチステージ形になると思っています。
つまり企業に勤める時代があり、そこから会社を辞めて専門的なスキルを身に付け、また別の企業でそのスキルを使って就職をし、ある程度お金がたまったら好きなことをする期間がやってくる。その間にまた教育をし、別の企業でまた生活費を稼ぎながら労働の期間がやってくる。このように3ステップ型の労働人生観では決してなしえなかったようなステップの入り乱れる事態が発生するのは今後合理的であろうと考えているのです。

こう聞くとなんだか別世界の話のように思えますが、実は世の中では起こっていることです。例えば既に一部のノマドワーカーや成功した起業家などがこのようなライフスタイルを送っています。彼らは自分が集中したい数年間だけ働いて稼ぎ、それ以外の時間はその準備のための市場調査や余暇の時間に当てています。
このような生活の方法が今後ますます当たり前になるであろうと筆者は見ているのです。

自分で稼ぎ学習する癖をつけよう

いかがだったでしょうか。年金制度と長寿化、3ステップ型とマルチステージ型の労働人生観についてお話しをしました。そして筆者は様々な世の中の潮流から、世の中の大半がマルチステージ型にならざるを得ないと思っているのです。
そのためには周囲に流されるのではなく、自分で稼ぐ力を身に付け、主体的に人生を選んでいく感覚が必要になります。このサイトも読者のみなさんにそのような意識を身に付けてもらいたいと言う意識から運営しています。もしわからないことがあればぜひとも間にまでお問い合わせください。お待ちしています。