人生100年時代は「マラソン」ではなく、「短距離走」 だ!

人生100年時代」という言葉を聞いたことはありませんか?人の平均寿命が伸び続け、このままでは人生はおよそ100年にもなる。そうなったときにどのように生きていくのか、というのがこの人生100年時代と言う言葉に込められた意味です。

そしてよく聞くのが100年間働き続ける持久走、つまりマラソンになると言う話です。
だからこそ、定年退職してもどうするかを考えないといけない。そのようによく言われます。が、それは本当でしょうか?

筆者は正反対の考えを持っています。人生100年時代こそ走り続けるマラソンではなく短距離走になるぞ、と言うことです。

これまでの人生はやることが決まっていた

これまでの人生は、キャリアパスの歩み方はかなり決まっていました。
大学までが教育の期間。その後およそ40年間の社会人生活があり、引退後は年金を貰いながら過ごす。この40年間を同じ企業できちんと過ごせば報酬がたくさんもらえるのが、今までの仕組みでした。

まぁそれもそのはずですよね。企業からすれば長年ずっと働いてくれて、売り上げに貢献し続けてくれる従業員の存在はきちんと評価すべきです。評価も給料も年功序列型で判断したほうが合理的でしょう。

これは実は企業がその人の人生と同じ位長生きすることを前提としていました。
今の時代、企業は人よりも長生きしません。それどころか今の日本企業の平均寿命はおよそ20年。およそ半分の企業が20年で栄枯盛衰を迎えて倒産するか買収されるか、といった運命をたどるわけです。一方であなたの社会人人生は40年間も続きます。

実は近年、この社会人人生もひたすら伸びていく傾向にあります。
理由は平均寿命が伸びて健康な人が増えているからです。それ自体は素晴らしいことなのですが、伸びた間はどのようにして生活するのでしょうか?
飯の種がないと現代社会で人間は生きていけません。企業の寿命が伸びて社会人人生の長さが短くなるのであれば問題ないのですが、企業の寿命は短くなり、人生の期間は伸びていく状況になっています。

これが今まさに起こっていることです。

人生=マラソンという考え方の起源

そもそも「人生はマラソンだ」とはどういう発想から来ているのでしょうか?
実はこれは前述のキャリアパスが決まっていた時代の発想なのです。

マラソンは走らなければいけない距離が決まっています。さらに走るところも決まっており、競技そのものの自由度はかなり低いスポーツです。
サッカーや、野球であれば戦術や戦略等によりゲームの展開は全く異なったものになりますが、マラソンはペース配分程度しか戦略の変え方がありません。これはまさにやることがひたすら与えられていた、かつての社会人人生のあり方と重なります。同じゴールを目指してひたすらストイックに脱落せずに走り続けることが重要だ、と言うわけですね。

ところが近年ではゲームのルールが違ってきているのです。
マラソンで例えるなら、まずゴールが勝手に伸びていっています(=寿命の伸び)。ゴールまで連れて行ってくれるはずのコースも途中でなくなったりします(=企業の倒産)。このような競技はもはやマラソンではありません。フリースタイルとしか言いようがないですね。マラソンと言う考え方はもはや通用しなくなっているのです。

しかしこんなカオスな状況でも、参考になるものがあります。それが短距離走の考え方です。

人生はマラソンではなく、短距離走の積み重ねだと考えよう

短距離走は瞬間的にエネルギーを爆発させることで、ゴールに一瞬で到達することを目指します。しかも1回の短距離走で決着をつけると言うよりも、何回も練習を積み重ねることで総合的な短距離走の能力が上がっていきます。プロ選手でもない限りフルで毎日練習したりしないマラソンとは異なり、短距離走の選手は毎日フルで走って練習をしています。

人生は短距離走とはどういうことでしょうか?つまり短期間だけ働いて報酬を得た後は休んで、その後好きな時にまた短期間だけ働き、また休む。そのようなサイクルを繰り返しながらスキルを上げていき、誰にも経験したことがないようなスキルを積み上げていくのです。1つのキャリアでずっと走り続けると言うマラソンの考え方からは全く異なります。

つまり転職で自分が有利になるような企業を選び続けるのと同じです。自分のユニークな経験を活かしながら、転職や複数の複数のキャリアを歩んでいき、総合的な社会人としての能力を高めていく。それが短距離走時代の人生の歩み方です。

短距離走の人生って、具体的には?

例えばあなたがITエンジニアとして生きていくことを決めたとします。最初は極々簡単なプログラミング言語から勉強を始めて、時給を上げていく努力をしていきます。しかしこれは2,3年の間の目標です。3年ほど頑張ればある程度どのような分野でも一人前としてみなされます。その頃には普通の人と比べても遜色ない時給をもらえているはずです。

そうなったときに職業を辞めて、海外旅行に行ってみる。田舎暮らしをしてみる。実家の手伝いをしてみる。そうしていくらかの期間を過ごした後に、自分がどうしたいのかを考え直し、またプログラミング言語の勉強を始める。これで経験を生かした職業を見つけてさらに時給を上げていく。また満足したら2 3年で辞めてしまう。複数のプログラミング言語が使えるようになっているので、前よりも時給がさらに良い仕事が見つかるはずです。そのようにして複数の言語に対する専門性を高めていき、だんだんと時給を高めつつ、人生のクオリティーも上げていく。これが人生短距離走時代の考え方です。

このようにして考えると、例えば入社してわずか2 3年のうちにやめてしまった第二新卒も別に何か失敗したわけではないことがわかります。むしろスキルアップのための必要なステップのうちの1つなのかもしれません。しかも意外と多くの人が既に気づかずに実践しています。このような暮らしを送っていると主に年配の世代から君は大丈夫なのか、と言われることが多いのですがそれはマラソンの考え方から見たときの違いなのです。

まとめ:これからの人生は短距離走だ

ずっと同じ環境で働き続けるような世界観であるマラソンよりも、自分が必要な時に必要なだけキャリアアップをさせていく短距離走の考え方は、既に多くの人が実践しているものです。

あなたもマラソンのような人生観に息苦しさを感じているのであれば、ぜひとも短距離走的な考え方で考え直してみることをおすすめします。気が楽になりますよ。